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2018年01月16日

古墳シリーズ【西本郷7号墳】歴史探偵さかもとさん


古墳シリーズ【西本郷7号墳】歴史探偵さかもとさん
岡崎市西本郷町にある和志取神社では、2基の古墳を見ることが出来ます。
西本郷町6号墳と7号墳です。古墳の周囲から発見された土器が7世紀頃と
推定されたため、古墳そのものも、同じ頃かと推察されています

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Posted by ちはる at 22:35Comments(0)古墳シリーズ

2018年01月11日

岡崎のシテンニョーシカちゃんじゃっ♡

正確には【イエヤスコウとシテンニョーシカ】




みンなの幸せを願うたましイ♡

だそうじゃ✨

 それに、グッズもかわいいんじゃぁあ〜!!

お求めは、
岡崎公園みやげ店、
道の駅藤川宿、
岡崎市役所内観光協会

『岡崎』のアクセントは『ミソソソ♪』でしかラ♡



そう!そうなんじゃぁあ!!





このアクセント、ほんと、岡崎市民には大事!!



一発で、地元かそうでないか、
わかるんじゃぞ!!
  


Posted by ちはる at 15:04Comments(0)岡崎のお土産

2018年01月10日

古墳シリーズ【和志山古墳(五十狭城入彦皇子の墓)】歴史探偵さかもとさん



古墳シリーズ【和志山古墳(五十狭城入彦皇子の墓)】歴史探偵さかもとさん
愛知県岡崎市西本郷町にある、和志山古墳です。
このお墓は墳丘長58mの前方後円墳で、五十狭城入彦皇子(いさきいりひこのみこ)の墓といわれています。
五十狭城入彦皇子は第12代景行天皇の息子で、日本武尊(やまとたける)とは腹違いの兄弟です。
そんな皇族のお墓が、こんなところにあるだなんて、驚きですね。
宮内庁管轄のため、中には入れないようになっています。

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▶︎参考

五十狭城入彦皇子(いさきいりひこのみこ、生没年不詳)は、『日本書紀』等に伝わる古代日本の皇族。
『日本書紀』では「五十狭城入彦皇子」、他文献では「五十狭城入彦命」とも表記される。『古事記』に記載はなく、『日本書紀』でも事績に関する記載はない。
第12代景行天皇の皇子である。

『日本書紀』によれば、第12代景行天皇と、後皇后の八坂入媛命との間に生まれた7男6女のうち、10番目に生まれた皇子である。
『先代旧事本紀』「天皇本紀」においても景行天皇皇子として五十狭城入彦の名が見え、さらに同書では五十狭城入彦が三河長谷部直の祖であるとする[1]。
また『新撰姓氏録』左京皇別 御使朝臣条・右京皇別 御立史条では、景行天皇皇子の気入彦命(けいりひこのみこと)が応神天皇の命により、逃亡した宮室の雑使らを三河国で捕えたと見える。この「気入彦命」の記載は『日本書紀』『古事記』には無いため、五十狭城入彦と同一視する説がある[1][注 1]。
五十狭城入彦皇子の墓は、宮内庁により愛知県岡崎市西本郷町和志山にある五十狭城入彦皇子墓(位置)に治定されている[2]。考古学名は「和志山古墳(わしやまこふん)」[3]。
この古墳は墳丘長58メートル(推定復元60-80メートル)の前方後円墳で[4]、4世紀末から5世紀初頭頃の築造と推定される[5]。明治28年(1895年)に宮内省(現・宮内庁)により陵墓伝説地(被葬候補者:気入彦命)に指定されたのち、明治29年(1896年)には墳丘上にあった薬師堂・石塔が撤去され、大正15年(1926年)頃に「矢作陵墓参考地」に名称変更、昭和16年(1941年)に五十狭城入彦皇子墓に治定されている[4]。
また同古墳の南東の方向には、式内社論社の和志取神社(岡崎市西本郷町御立)が鎮座する。五十狭城入彦を祭神に祀るとともに、五十狭城入彦が逆臣の大王主(大任主)を当地で討ったとする由緒を伝えている[1][6]。西本郷の地は、東本郷と併せて『和名抄』に見える三河国碧海郡谷部郷(はせべごう)に比定されることから、五十狭城入彦後裔の長谷部氏が同地に来住したとする説もある[3]。

Wikipediaより抜粋

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Posted by ちはる at 22:07Comments(0)古墳シリーズ

2018年01月09日

古墳シリーズ【宇頭2号北裏古墳】歴史探偵さかもとさん



古墳シリーズ【宇頭2号北裏古墳】歴史探偵さかもとさん

岡崎市宇頭町の宇頭古墳群は、北部古墳群3基と、南部古墳群8基、和志山古墳群5基からなる古墳群。
2号北裏古墳は、大塚古墳(薬王寺)の北西に位置し、現在は大塚公園となっている。円墳で、直径27m,高さ4m
小針町の大友皇子の墓と伝わる、小針一号古墳によく似た大きさと雰囲気です
それにしても、こんなところに古墳があるんですねぇ〜!?

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Posted by ちはる at 13:39Comments(0)古墳シリーズ

2018年01月09日

古墳シリーズ【宇頭11号荒子古墳】歴史探偵さかもとさん


古墳シリーズ【宇頭11号荒子古墳】歴史探偵さかもとさん

岡崎市宇頭町の宇頭古墳群は、北部古墳群3基と、南部古墳群8基、和志山古墳群5基からなる古墳群。
北裏古墳の東にある、11号荒子古墳です。現在は、荒子公園となっています。円墳で、直径19m,高さ3.3m。この2基の古墳は、昭和55年の区画整理の際、公園化され、史蹟としての保存を図られたそうです。

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2018年01月08日

古墳シリーズ【西池ノ入1号墳】歴史探偵さかもとさん



古墳シリーズ【西池ノ入1号墳】歴史探偵さかもとさん

住宅地の中にある、こんもりとした森の頂上にある七所神社(ななとこじんじゃ)。この森には「西池ノ入1号墳」があります。百々町池ノ入には、この古墳の他に8基の古墳が見つかっており、百々古墳群と呼ばれています。
いずれも6〜7世紀頃に作られた円墳とみられます。
ご祭神は七柱。櫛玉饒速日命、可美真手命、味饒田命、彦湯支命、大祢命、出雲醜大臣命、出石心大臣命。
すべて『旧事本紀』天孫本紀に登場する物部氏の神・人物です。出雲醜大臣命の後裔が三河国造に任命されたのが4世紀頃と考えられるため、創建は4〜7世紀頃でしょうか。そのため、古代は物部氏がこの土地に深く関わっていた、と考えられます。
また、物部氏と関連があると言われるお寺、真福寺、滝山寺、北野廃寺なども7世紀頃に創建されたと考えられています。
また、こちらの神社は参道が素晴しいので、階段は大変ですが、ぜひ参道をご利用下さい。磐座とおぼしき石を見ることが出来ますよ

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